使いもせずに疑問を投げかけてはいけない。
そこで最近、件の登山用ストック(ポール)なるものを購入した。
L○K○などというブランド品ではないが、とりあえずの機能は十分と言える代物だ。
今やストック大流行。
いったいいつからこんなに普及したのか知らないが、少なくても筆者らが学生の頃にはスキー登山用以外存在しなかった。
しかし現在、登山をやっている者ならそれがちょっとしたトレンドであることを疑う人はいないだろう。
登る山岳の性格やルートにもよるのだろうが、まあ、パッと見の普及率もすでにかなり高いと思われる。
ストックの利点として、まず不整地であることの多い登山道を歩く時のバランスの補助、転倒防止に有効であろうことは容易に想像出来る。
段差のある場所の上り下り、雪渓や粘土質土壌など滑りやすい場所での補助にも有効であろう。
ちょっと工夫すればカメラの一脚やツェルトのポールとしても利用価値はある。
かく言う筆者も後者の理由が直接の購入動機であった。
しかし、筆者のような「天の邪鬼」は登場当初からその有効性に大いなる疑いを抱いていた。
それは杖としての有効性そのものではなく、人が棒を持った時の扱い方にある。
昔からあった杖を現代風に発展アレンジさせたもの、そう思えば歴史的にも古くまた重要な用具のはずではあるが・・・・。
今回筆者が使用したのは大雪山旭岳から主稜縦走をしてトムラウシ山までである。
実際に使ってみて、確かに上述のようないわゆる不整地ではそれなりに役立つ。
特に急下降中に大きな段差などある道、振られやすいザックに苦労するような場面、滑りやすい粘土質土壌など、バランスの保持にはなかなか役だった。
しかし同時に、山行中の多くを占めるごく普通の登山道では、ほとんど無意味な邪魔な存在でしか無いようにも思えた。
加えてハイマツ、ナナカマド、ミヤマハンノキなどがうるさい登山道では、まったくお荷物そのものでしかない。
孫悟空の如意棒みたいにポケッタブルサイズならいいのだが。
さて、下の写真をご覧いただきたい。
これは雨裂状に掘られ水の貯まった登山道とその法面である。
ストックを持っていなければどうして?と思う法面の突き跡だが、持ってしまうとそれを避けられない場合があることも分かった。
やがてこの法面はこれまで数十年間に辿った崩壊過程より遙かに急激な、加速度的崩壊を辿るだろう。
登山道は大きく広がり付近の高山植物を浸食し、更に困難などろんこの水たまりとなる。
やがてそれを避けて迂回する踏跡が付けられ、ますます両側を浸食する過程が思い浮かびはしないだろうか?
そしてどうにもならなくなった頃、税金を投入した木道が整備されることとなる。
また、ストックを持つ多くの登山者が雪渓でもないごく普通の登山道で、剥き出しの石突きのまま使用していることも分かった。
道幅の細い登山道では高山植物咲く左右の路肩にごく普通に突き跡がある。
信じられないことに、それら高山植物をなぎ倒したような所もあった。
バランス感覚に劣る中高年の、それも初心者がいきなり高山へ向かう昨今。
TPOも分からずそのスタイルのみに感化され、更に雑誌の表紙にもストックを持つモデルが謳歌し。
そんな中高年登山者急増による一つの悪しき結果なのか?
ストックはホントに必要なのだろうか? |