オートマチック車 9802 No.5
記者 : 「聞きましたよ。車買うんですって。」
天野 : 「買うわけじゃねえよ。もし買えるとしたら今度はこれにするなって言ってただけ。」
記者 : 「なんだー」
天野 : 「そんな金はどこをつついたって出てきやしねえよ。」
記者 : 「そうですか。でも車のことなら前から一度お聞きしようと思ってたんですが、天野さんは何で今時マニュアル車なんですか?」
天野 : 「オートマはあまり好きじゃないんだよねえ。単に業務用で使うような仕事車なら別に何だっていいんだけど、自分が好きで乗る自家用車となるとマニュアルでないとダメ。
プライベートで車を運転する時はただ移動のための手段というんじゃなくて、運転そのものが好きだし楽しみたいんだよね。バイクも同じだけどシフトやクラッチワークも含めて。そうなると自分の意志に反して勝手にシフトしちゃうような車は許せない。操作をしてるのはあくまでも自分であって、こちらの管理下で動いてもらわないと気に入らないわけ。それが運転する楽しみになってるわけだから、こちらの意志に反する動きはしてもらいたくないってこと。逆に言えば車の挙動はすべてドライバーにかかわってるわけだから、責任を持って走らにゃーいかんわな。もっともF1のセミオートマだったらいいけどな。あれはいいよ。ほんと。」
記者 : 「でも楽ですけどね。余計な神経も使わないし。」
天野 : 「ばかやろう、その緊張感が好きなんだよ。緊張感のねえ神経してる奴が事故を起こしてんだろうが。
最近のオートマはファミリーカーから高級セダンまでほんとに良くできてる。確かに渋滞なんか入ったら楽だろうし、まあ余程のことでもないとまずエンストすることはないだろう。」
記者 : 「そうでしょうねえ。」
天野 : 「とにかくアクセルを踏み込みさえすれば何のストレスもなく発進出来るし、シフトアップもダウンも全部車にお任せ。スピードだってその気になればエンジン能力の限界まで回ってくれるしな。」
記者 : 「ええ、高速なんか走っているとよく高級セダンに乗ったおじさんが、びっくりするようなスピードですっ飛んでいくのを見かけますよ。」
天野 : 「まあ高速はともかく一般道だって、ちょっとしたバイパスのような広い道路に出るとそういうのがいっぱいいるよ。若い奴だったらさあ、わからねえわけじゃねんだよな。そうじゃなくて、いい年こいたおやじがさあ、何そんなにあせってんのって奴いるだろう。おちついた余裕のあるとこ見せた方がよっぽどカッコイイと思うけどな。おまえらもう背伸びする年じゃねえだろうって。」
記者 : 「口が悪いなあ」
天野 : 「いいの。おちついた良識ある大人の男を相手に言ってんだから。
それはともかくオートマだけど、たとえばさっき言ったように発進についてならドライバーの運転能力や技術はまったく関係ないんだよな。ただまっすぐ発進するだけなら子供にだってできるだろ。アクセル踏み込みゃーいいんだから。車運転してりゃそんなことはみんな百も承知だから、なかにはいろんな奴がいる。
エンストの不安さえなきゃー他の車が横から迫ってても、脇道や駐車場からタイヤ鳴らしながら強引に通りへ出るしさー。
対向車がすぐ近くに来てんのに平気で右折して、曲がって見たら横断歩道に人がいてひっかけそうになったり急停車したり。
すぐ先で詰まってるのが見えてるのに、わずかな距離を急発進してみたり。
オートマの運転者をよく見てると、発進の時なんか無造作にアクセルをペタッて踏み込む奴がほとんどだよ。そういう運転だもん、オートマの特性以上に燃費が悪くなってあたりまえだよな。
そのうち今まで無理かなと思ったことだってだんだんやるようになる。パワーのある車ならなおさら。アクセル踏めば勢いよく出てくれて、エンストの不安はないんだから。」
記者 : 「相当批判的ですねえ。確かに昔のようなクラッチ操作の技術はいらないなと思うけど。それに運転マナーはオートマというよりも運転者個人の問題の方が大きいんじゃないですか?」
天野 : 「確かにそれもある。車種は何にしろやる奴はやる。ただ怖いのは運転のうまい人も未熟な人も、一見同じことが出来ちゃうこと。それでもし同じパニック状況に陥ったりしたとき、その回避もはたして同じように出来るのかってな。さすがに最近は少なくなったようにも思うけど、アクセルとブレーキを踏み間違えて事故ったなんて話がまだ時々あるだろ。
さらにもっと怖いのはまだ未熟なくせに、自分はうまいんだって思いこんじゃう恐れがあること。」
記者 : 「その可能性は確かにありそうだなあ。パニックに会うことなく何年も過ぎた人がいきなりそういう状況に会っちゃって、自分の腕を過信していたとしたらそりゃ怖いですよねえ。」
天野 : 「マニュアルシフトの人はよほど運転のうまい人でも、だいたい何度かのエンストを経験してるもの。長く乗ってればなおさらで、免許取りたてのようなエンストはしなくても、ついうっかりってことは決して珍しくない。そのたびに「おっといけない」と思うし、反省することだってあるだろう。行けるなと思っても一瞬それが頭をよぎりやめたということもある。
初めからそういう状況を1度も経験せずにオートマを運転していて、初めての事故が大事故だったというのが怖い。」
記者 : 「怖いですねえ」
天野 : 「特に春先は新人のシーズンでもあるし、オートマだからといって運転なんかチョロいもんよって安易に思わないでほしいよな。
オートマ車の普及に伴ってさっき言った、横からの無理な飛び出しによる事故だとか、右折の時の歩行者やオートバイとの事故なんかは確実に増えてると思うね。」
記者 : 「可能性大ですね」