「テクニクス」は、あの日本最大の家電メーカー、松下電器産業(現パナソニック)のオーディオブランド。
欧米ならGEかシーメンスかフィリップスか、はたまたトムソンか、ということになる。
しかし世の常で、いわゆる大家電メーカーのオーディオブランドというのは、マニアから縁遠いものと相場が決まっている。
およそマニアになればなるほど、中小専業のオーディオメーカーを愛する傾向がはっきりある。
世に言うガレージメーカーがもっとも多いのは、おそらくオーディオとカー用品だろう。
大手家電のオーディオブランドなんて片手間でしょ、ってこと?
テクニクスのオーディオ機器は、特に物理特性に優れることを特徴とするものが多かった。
しかし、国内メーカーはテクニクスに限らず、その弱点として物理特性と聴感上の感覚が異なるという矛盾に長くさいなまれてきた。
時にそれはクラシックにしろジャズにしろ、いわゆる西洋音楽に対する音楽的歴史の浅さが原因とも言われ、メーカーにとっては苦渋の思いがあったに違いない。
スピーカーやアンプはその代表であったろう。
そのような時、テクニクスはスピーカーから出る音の位相の問題に初めて公に正面から取り組み、一世を風靡した階段型のリニアフェイズ・スピーカーを発表する。
ウーハーに対してツィーターを後退させるというこの発想はまさにコロンブスの卵なのだが、同時にネットワークをシンプルに設計できるという利点も見逃せない。
当時世界的に数々のメーカーから亜流を作り出し、その基本は現在のスピーカー作りにも少なからず影響を与え続けている。
現代オーディオにおける音の位相合わせは基本の「キ」なのである。
国内外へのその後の影響力という意味では間違いなく、後の平面スピーカーやバーチカルツインスピーカーなど足下にも及ばない。
同じ頃テクニクスは当時国内メーカーでは珍しかった(海外でも決して多くない)100万円という、超弩級アンプなども出していたと記憶している。
今でこそ100万円程度のアンプは珍しくもないが、何しろ40年も前、まだ70年代の話である。
後にバッテリー駆動プリアンプという、大手メーカーではまずやらないだろうと思われることまでやってみた。
それは脈々と現在に至っており、どうしてどうして、とても大手とは思えない何とも妙なメーカーでもある。
そしてもう一つ、テクニクスは真に革新的な製品を世に送り出す。
ダイレクト・ドライブ・プレーヤー(DDプレーヤー)の登場である。(アイデアは古くからあったようだが)
一号機「SP−10」から始まるテクニクスDDフォノモーターの歴史は、オーディオ始まって以来五指に入る金字塔と言っていい。
後にマークUにリファインされマークVで完成形を迎えるDDフォノモーターの歴史は、現在SL−1200シリーズプレーヤーとして実に現役40年前後という超ロングラン製品となっている。
更にモーターを使用した回転機器はあらゆる製品でDD化され、現代のCDやDVDはもちろん、ハードディスクにもその制御ノウハウは脈々と受け継がれているのである。
それは単にオーディオに留まらぬ、民生機ではノーベル賞ものの大発明であった。
現代のサーボモーターなど、回転機器(リニア制御も基本は同じ)の様々な制御技術はすべてここから始まったと言って過言ではない。
決して目に訴えかける派手さは無い。
しかし「縁の下の力持ち」そのものであった。
ちなみにヒップホップやラップなど、いわゆるハウス系音楽の発展に寄与したハード最大の功労者もまたDDプレーヤーであったかもしれない。
たとえばDJの手により、キュッキュ、キュッキュとターンテーブルを操作するあのテクニック(スクラッチ)である。
あの操作はモーター軸とターンテーブルの直結したDDプレーヤーでなければ出来ない。
それまでのベルトドライブやアイドラドライブでは出来ないのである。
ベルトドライブやアイドラドライブは高速で回るモーターを機械的に減速して、ターンテーブルをゆっくり回すフォノモーターシステムである。
この手の理屈を換言すると、車がローギャーで走ってる状態に例えていい。
非力なエンジン(モーター)でもタイヤ(ターンテーブル)をゆっくり回すだけなら、ローギャーにすることにより十分駆動出来る。
しかし、ローギャーに入れたタイヤ(ターンテーブル)をくるくる回そうとすると大変な力を必要とするのである。
急坂を下る際のエンジンブレーキの利用はまさにそのもの。
もしDDプレーヤーが発明されていなければ、現代の音楽シーンはまったく変わっていたかも知れない。
いや、その発明がほんの数年遅れただけでもどうなっていたか分からない。
ハードの金字塔はソフトのみならず、その文化にまで大きく影響力を示したのである。 |