ラヴェル 「ボレロ」  No.19 000101
〜最高の興奮を味わうなら〜
最終更新 2006年11月12日
 
ホンダ「プレリュード」が最初のフルチェンジを迎えた時、スローモーションで悠然と走る実に印象深いCMがあった。ここでそのバックを彩りCMそのものに大きな説得力を与えていた音楽、それがラヴェルの大傑作「ボレロ」だったのである。確か当時の若手指揮者指折りの成長株、マイケル・ティルソン・トーマス盤の演奏だったと思う。クラシック音楽の全管弦楽曲中でも指折りの名曲と言っていい。バレエ音楽としてはチャイコフスキーの「白鳥の湖」やドリーブの「コッペリア」などと共に、最も知られた音楽だろう。演奏会で単独に取り上げられる機会も多い。
ついでに「愛と哀しみのボレロ」など数々の映画や、TV番組でも引っぱりだこ。曲名はともかく、耳にしたことのない人を探す方が難しいくらい。
さて、このボレロとは、1780年頃スペインの舞踊家セレソが創作したという、3拍子のカスタネット伴奏を伴う舞踊音楽(参考:音楽の友社・新音楽事典)のことで、本来はかなり早めの曲らしい。いわゆるスパニッシュ・ダンス(フラメンコ)の一種と思っていいだろうか。
ラヴェルの曲は舞踊家イダ・ルビンシュタインの依頼により作曲され、そのカスタネットを小太鼓に置き換えリズムをアレンジした後、テンポをグッと遅くして何とも言い知れない二つの旋律を付けた。
曲はその極めて情動的な2旋律を交互に小太鼓のリズムに乗ってひたすら繰り返す、という非常に単純明快な構成である。また全体は大きなクレッシェンドにもなっていて、最弱音から始まってこちらもひたすら音が大きくなっていくのだ。
思いつきそうでなかなか思いつかない。たとえ思いついても実行するかどうか。それを見事に実現し古今の名曲に仕上げてしまうところがラヴェルの実力。これに聴き入ってしまうと一種の催眠効果というかカタストロフというか、異様な高揚感が例外なく味わえるという音楽である。クラシック音楽の長い歴史の中でも、これほど異常とも言えるしつこさで見事に成功を勝ち取った例は珍しいだろう。
まさにそれはラヴェルのオーケストレーションの魔力にひれ伏してしまう、圧倒的勝利であった。
ところでこの曲、これほどの名曲であるにも拘わらず、実はオーケストラにはあまり評判が良くないらしい。この手を演奏会でやりたがる指揮者は楽団員から嫌われる、という話も聞いたことがある。
前述の主旋律となる二つは、最初フルートに始まって様々な楽器に受け継がれていく訳なのだが、曲の性質上聴き手と同様演奏者にも異常な緊張感をもたらす。良くも悪くも気が抜けない、いい意味の遊びさえ許されないのである。通常演奏時間は15分をいくらか越える程度と、クラシック音楽としては決して長くはない。ところが逆に、曲中では各奏者とも数十秒間ものソロがとられているのである。確かに管弦楽曲中で特定の楽器がソロをとることは珍しくない。っが、管弦楽の多くの楽器がこれほど入れ替わり立ち替わり、それもまったく同じ旋律をまったく同じリズムのもと奏するという例はないだろう。
中でも曲の間中常に響きわたる小太鼓奏者の緊張感たるや、相当なものであろうと想像される。もちろんプロ奏者であるから、1時間や2時間同じリズムを刻み続けることくらい苦もないはず。その程度の訓練に怠りはないだろう。っが、やはりそこは本番の一発演奏であり、何てったって目立つことこの上ない。そりゃープロだって緊張するだろう。
成功すればこれほど拍手喝采をあびる曲も無いのだが、万が一失敗したらその奏者は極めて惨めである。まさに後ろ指さされ状態。なるほど奏者からは嫌われるはずだ。
 
推薦盤

「ラヴェル管弦楽曲集」
アンドレ・クリュイタンス指揮パリ音楽院管弦楽団
1961&62年録音 TOCE−7044 EMI(東芝EMI)

数ある名盤の中でももっともリファレンス的な演奏がこの録音。フランス系の今は亡き名匠クリュイタンスが手兵パリ音楽院管を指揮したもの。録音も古く悪く言えば中途半端と言えなくもないのだが、やたらスペクタクルに走った録音より遙かに俊逸。ラヴェルの名曲を集めたチョイスも見逃せない。
 
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