登山日 : 2012年12月中旬 |
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峠町南端のカーブを南へ見晴台(展望台)方面に入ります。
木の門をくぐり左へ、見晴台への石畳とは別れ公衆便所前から良く整備された道へ入ります。すぐ先に小さな墓地があり、その左前方がもみじ道の入口です。 |
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墓地前から見下ろすともみじ道の緩やかな下降路が始まります。 |
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多少不鮮明になるところもありますが大きく稜線を外すことはありません。
地図上標高1100mのもみじ道に入って最初の鞍部で、右へ入り込みやすい巻き道があります。しかし、その道はもみじ道に戻ることなく南の稜線に下ってしまうため、そこでは主稜線を外さず直進します。 |
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旧中尾山直前の稜線にはこんな大木も。写真は振り返ってみたものです。 |
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先の大木からわずか2〜3分のコブが1069.5m三等三角点、旧中尾山山頂。展望はご覧のように全方向木の間越し。
っとまあ、一々「旧」とはいったい何だ?とお思いの方へ、
実は現在の「中尾山」表示は地図上中尾川南面の980mピーク(古地図では985m標高点)にあります。しかし、大正期〜昭和初期の5万図では、こちらの山域に太字の大見出しで「中尾山」となっているのです。時々見受けられるこの種の地名変更や移動ですが、筆者にはその経緯も不明なため一応当サイトでは「旧中尾山」としておきました。
正確には他の地名や山名と字体も違うし、おそらく当時も個々の山名ではなくこの山を含む付近の山域名なのかと思われます。同じ地図内の他の例では北隣の「霧積山」も同字体で書かれています。 |
大正期の古地図 |
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現在の地図上旧中尾山で消える歩道表示後も、主稜線にはわりとはっきりした道跡が残っています。
写真は同じ場所の上からと下からですが、左写真に写る踏跡はイノシシのものです。右写真の見上げた踏跡は筆者が下りてきた跡。この日、旧中尾山手前では5頭連れのイノシシ親子を目撃しており、人の踏跡皆無の中イノシシの踏跡だけはあちこちにありました。 |
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熊ノ平への下降路となる850m鞍部が近づいてきた頃、良い目印となる朽ちた大木が現れます。 |
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間もなく850m鞍部着。
もみじ道は初めて大きく右に稜線を外れ、もう右手下ほぼ真南200m余りは熊ノ平。この時期なら木の間越しになんとな〜くそれらしい影が見え、藪のないややザレ気味の斜面を適当にジグザグ下降となります。 |
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下降少しで擁壁の道となり、写真の向こう側で折り返し戻ってきて支稜に乗ります。
まあ、先の鞍部から真っ直ぐ斜面を下っても、下写真のように問題ないけどね・・・・^^;^^; |
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下り途中で見上げた鞍部はこんな感じ。
もみじ道の稜線は終始植林も笹もありません。したがって理想的な状態で雑木林が保たれており、いつまでもこの自然を維持したいものです。付近の山々は笹とかそれなりに進入しているのに、手入れされてる様子もないこの稜線がどうして?って感じ。 |
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木の間越しに熊ノ平鉄道施設跡が見えてきました。 |
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更に少しで朽ちかけた鉄塔下を通り柵のあるこの場所に出ます。
前方下には旧国道が走り、右手には信越本線旧熊ノ平鉄道施設跡。
さて、ここからどう熊ノ平施設内のハイキング道に下りるかですが、
一旦国道に下りて駐車場前から階段を上り歩道に入る、右に回って直接施設内に下りる、左に小尾根を迂回してハイキング道に入る等々、自己責任でご判断下さい。いずれも特に危険はないと思いますが夏季は酷い藪になるとも思われ、それぞれの季節や状況に応じて適切な方法を選択ご判断下さい。 |
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さっき上から見えていた熊ノ平鉄道施設内変電所跡です。右は1997年廃線となった信越本線横川〜軽井沢間。
横川からここまで旧アプト鉄道トンネル跡を利用したハイキング道「アプトの道」も整備され、めがね橋までは約1.5km程度。熊ノ平直下の旧国道沿いには大きな駐車場もあります。 |
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途中、トンネルを見上げる天井に1カ所、排煙用か採光用か窓があります。
トンネル内は18時消灯(季節によって違うかも?)ですので、遅くなりそうならヘッドランプとか必須! |
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めがね橋から見下ろした旧国道です。
横川駅隣接の碓氷峠鉄道文化むらと共にこの付近最大の鉄道遺産ですから、季節や時間帯によってはそれなりに混み合う場面も。 |
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そのめがね橋全景。ここを起点に峠まで上り下りしてもゆっくり6〜7時間でOK!
距離はあるけど、ほとんど疲れ知らずで快適。特に下りは落ち葉のクッションが膝にやさしく無問題・・・・と思う?! |
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最終更新 2015年 1月31日
新規追加 2012年12月24日 |
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